2月 12, 2010
2月ももう半ば。一日一日を大切に
頑張りたいと思います。
お釈迦さまは仏教でたくさんの善を教えられていると
先日、親鸞会のテレビ座談会というご縁でお聞きしました。
そのたくさんの善を六つにまとめられたのを
六度万行と言い、その一番始めに「布施」が教え
られています。
「布施」(ふせ)という言葉はどこかで聞いたことがある、
という人が多いのでは、と思います。
「布施」とは親切であり、施す、ということです。
「幸せになりたい」。だれもが思うことですね。
マンガ「銀河鉄道999」の主題歌には
「人は誰でも幸せ探す 旅人のようなもの」
とあります。(古い歌ですみません……)
歌っていた子供の頃は、そんなものかなぁと
思っていましたが……。
幸せな人、いやそうでない人。何が違うのでしょう。
家族、財産、健康いろいろなものに恵まれることも
幸せを感ずる要素の一つかもしれません。
しかし、どんな境遇にあろうとも、
心から「幸せだなぁ」とニッコリ笑顔で
明るく生きるている人がいたら、その秘訣を
聞きたくなりませんか?
「施しは生きる力の元と知れ」
そうです。お釈迦さまが教えられた布施行の
実践が生きる力、幸せの元なのです。
少し横道にそれるかもしれませんが、
この前、携帯電話用のイヤホンマイクを購入
するために電機店に行きました。
たくさんのイヤホンの形、接続端子の種類
があって、自分の携帯電話にどのイヤホンマイクが
使えるのか、よく分かりませんでした。
近くにいた若い店員に自分の携帯電話を見せて
聞いたところ、2,3種類紹介されました。
念のため、その製品が(お客さまの)携帯電話で
対応しているかどうかは製品のサイトで確認して
くださいとのこと。
店に行って、その店員に尋ねているのに、
自分でネットで調べてください、との返答に
とても困りました。
ネットで調べ方が分からない人にはとても
不親切!だと感じました。
その場でネットで調べる術もなく、そんなに
高い物ではないから、とその2,3種類の中から
一つを購入しました。
しかし、自宅で開封して使ってみたところ、
音がでず、対応していないことが分かりました。
やむなく、次の日に、
同じ店で別の店員に尋ねました。
昨日の人より少し年上で
愛想のいい店員でした。
すると昨日紹介された物は端子は同じ型でも、
(お客さまの)携帯電話では対応していないです、
と即答されました。
そして4,5種類を私に紹介してくれ、自信いっぱい
これはお客さまの携帯電話に間違いなく対応していますので、
この中からお選びください、とのこと。
それからその4,5種類それぞれの機能の違いを丁寧に
説明してくれました。
「昨日ここで購入した物が私の携帯で使えなかったんです、
開封した物は返品できないと聞いたので……」と話すと、
しばらく考えて
「開封された物は本来はお受けできないのですが、
特別にお受けしますよ」と
ニッコリ、言ってくれました。
相手が困っていることをよく理解して、
自分の店にとって不利益なことでも、
自分の権限の範囲で相手の立場にたって
対応してくれたことに、とても感動しました。
その上、製品に対する知識が昨日の
店員と桁違いで、聞いたことにすぐ的確に
答えてくれることで安心感と信頼感を強く
持ちました。
こういう店員がいる店ならば
また行きたい、そこで買おう、
という気持ちに自然になったのです。
改めて店内を見渡し、昨日の若い店員を見ると
表情が暗く、声もあまり出ていません。
しかし、今日対応してくれた店員は
生き生きしていつも笑顔で、客によく声
をかけていました。
商売のことではあるけれど、
私もおおいに見習わなければならない、と
反省させられました。
相手の立場に立って、相手を思って親切すれば
巡り巡って自分の幸せ、喜び、満足になる。
お釈迦さまが
教えられる布施に通ずるのでは、
と思いました。
1月 21, 2010
あっという間に年末年始も過ぎました。
1月は「行く」、
2月は「逃げる」、
3月は「去る」
と言われるように、バタバタして、思い通りに事が進まないのは、
私だけでしょうか……。
実際、
年末は車検、年賀状、帰省、
年始は新年会、自宅の雪すかしに明け暮れる日々、
とジェットコースターが走り抜けるような、
あっという間に今日になった、という感じがします。
このような日々がずーっと続くんだろうなぁ、
家族が健康で、事故もない。
忙しいけれど、急激な変化はないように感じる日々、
それが幸せなのかなぁと思っている自分があります。
しかし、お釈迦様は
「諸行無常」と教えられてます。
諸行とはあらゆるもの。
無常とは常がない、ということ。
この世のものすべては次の瞬間、変化し、
変わらないものは何一つない、ということです。
あのホリエモンこと、
ライブドア元社長の堀江貴文氏は
保釈後の講演で、
人生を「諸行無常」と表現したり、
「信じれば信じるほど裏切られる」と語ったそうです。
得意の絶頂にいた彼が、
瞬く間に底の見えない谷に堕ちたその経験から、
頭だけでもそう感じたからかも知れません。
今に話を戻せば、日本大手航空会社が経営破綻。
だれが想像できたでしょう。
また、12日にカリブ海の島国ハイチを
おそった大地震によって、
日常のまどろみ一切が粉砕された人が
人口約3分の1にあたる300万人
と報道されています。
今まで住んでいた家も、国家機能も一瞬のうちに
瓦礫と化してしまったのはまさに
「諸行無常」の仏説そのままです。
19日放送のクローズアップ現代によると、
ハイチには250年ほど前に同じような大地震
があったそうです。
しかしその教訓が今回の地震には、
ほとんど生かされていなかった。
悲惨な事故も悲しみも苦しみも長くは続かない。
その痛みをもう二度と味わいたくない、という決意も
親から子、子から孫、と移り変われば消えていく。
番組の中で、過去の地震を教訓として対策を
立て続けることを識者は「忘却との闘い」と
表現していました。
いや、それは地震だけのことではないでしょう。
250年前までいかずとも、
身近な人が、
事故や病気で亡くなっていく姿を
私たちは実際、
見聞きしているではないでしょうか。
その時は、無常を見つめて厳粛に、
自己の人生を振り返ったのではないでしょうか。
しかし時間がたてば忙しさがその気持ちを
忘却のかなたへと押しやってしまう。
自分が無常であることを決して忘れてはならない、
無常を無常とみつめていきなさいと
お釈迦様は「諸行無常」と教えられているのでは
ないでしょうか。
「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、
万のこと皆もってそらごと・たわごと・真実あることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておわします」(歎異抄)
親鸞会の講演会でお聞きした親鸞聖人のお言葉を
思い出しました。
私たちは必ず、
家族との団らん、仕事、何気ない日常すべてが
粉砕されて、
たった一人で後生へと旅立たなければなりません。
そう思えば、すべては夢幻ではないか。
変わらないものとは何だろう、
朝から晩まで必死にかき集めているものは、
いったい何の役にたつのだろう。
そう知らされるはずです。
日々報ぜられる世界ニュース、
目前に展開される悲喜劇すべては
そのまま、私たちに仏説まことを知らせるための
ご方便、と受け止め、
これからも仏法を
学んでいきたいと思います。
12月 16, 2009
もう12月も半ばになりました。光陰矢の如し。時が経つのは本当に速いものですね。
ところで皆さん、今から1週間前の12月8日は何の日だったかご存知でしょうか。
お釈迦さま成道の日です。「成道」とは成仏得道のことで、悟りを開いて仏になることを言います。約二千六百年前に仏になられたお釈迦さまは私たちに何を教えてくださったのでしょう。
世界の3大聖人、2大聖人といわれても常にトップにあげられるお方、お釈迦さまは、全人類の救われる道を説き明かされていかれました。それが仏教です。その教えはたくさんのお経となって残されています。
その数なんと七千冊以上。1日に1冊読めたとしても、20年近くかかります。しかも、難しい漢字ばかりで書かれています。使われている言葉も仏教専門の言葉ばかりです。現代の私たちがその教えを知るにはどうすればよいのでしょう……
そのお釈迦さまの本意を、明らかにされた方が、日本にお生まれになった親鸞聖人、と聞けば皆さんはどう思われるでしょうか。
前回の最後に親鸞聖人、常の仰せを紹介しました。
「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」
「更に親鸞珍しき法をも弘めず」とは、親鸞は今までだれも説いたことがない教え、親鸞独自の考えをお伝えしているのではない、ということです。では親鸞聖人、あなたはどなたの説かれた教えを伝えられているのですか、とお尋ねすると、「如来の教法をわれも信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」と答えておられます。
「如来の教法」の「如来」とは「仏」と同じことです。「教法」とは教えのことですから、「如来の教法」で「仏教」ということです。親鸞聖人は「仏教を私も信じ、皆さんにお伝えしているだけなんだ、それ以外にはないのだ」と仰っているのです。
えーっ!?親鸞聖人と聞けば、浄土真宗の開祖、悪人正機の教えが有名で、当時までなかった独自の教えを創作せられた方、と思われている方もあるかもしれません。
私も中学校の歴史の授業、高校の現代社会(今はなかったら済みません)という科目でそのように教えられてきて、かんかんに思っていたことです。
それが親鸞会のご法話にご縁があって、この親鸞聖人のお言葉を知り、そうではなかったんだ、と初めて分かったんです。
続きは次回にお話ししますね。
11月 18, 2009
もう11月も半ばになりました。そろそろ冬支度を、と思っておられる方も多いのでは?今回もお釈迦さまが教えられたことを一緒に学んでみましょう。
お釈迦さまが35才に仏の覚りを開かれ、80才でお亡くなりになるまでの45年間、仏として説いていかれた教えを今日、仏教と言われます。その仏教に何が教えられているかをお話しする前に、一つ確認しておきたいことがあります。
仏の教え、と言われますが、「仏」とはどのような意味で使われているでしょうか。「仏」はテレビやラジオでもよく聞かれる言葉ですね。ほとんどの人が「仏」=「死人」のことと思っていられるようです。
先日もテレビのインタビューで、突然の火災で友人を失った男性がこう言っていました。
「あいつが安心して成仏できるように、僕たち(同輩)があいつの家族を支えていかねばならない、と今も同窓生皆で話しをしていたところです」
皆さんの中で違和感がなかった、という方がもしおられたら、仏=死人ではないことを是非知っていただきたいと思います。
仏=死人ならば、「仏教」は死んだ人が説いた教え、ということになります。死んだ人が教えを説けるはずがありませんから、仏=死人ということは誤解であり、大変な間違い、ということがお分かりになると思います。
仏とは大宇宙最高のさとりの名前であることは前々回にもお話ししました。地球上で仏の覚りをひらかれたのは「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」と言われているように、今から約二千六百年前にあらわれたお釈迦さまただお一人です。そのお釈迦さまが教えられた教えを仏教と言われるのです。
お釈迦さまはすでにお亡くなりになっているけれど、私たちはその教えをどうやって知ることができるの?と思われるかもしれません。
お釈迦さまが説かれたすべてはお経となって今日に残されています。それを一切経と言われます。その数は七千余巻、一巻のお経を一冊の本とすれば、七千冊余りということです。
そのお経を全部読んで、理解すれば仏教が分かるんですね!っと思うのも束の間、お経は漢字ばかり、しかも難しく、一言一言に深い意味がある、となれば途方にくれてしまいます……。
そんな私たちに、仏教を正しく教えてくだされた方がこの日本におられるとしたら、どうでしょう。是非聞かせていただきたいと思いますね。
今から約800年前、日本に生まれられた親鸞聖人がその方、と聞けば驚かれるかもしれません。親鸞聖人は90年の生涯、仏教一つを私たちに分かるように教えてくださいました。
親鸞聖人が常におっしゃっておられたことがあります。
「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」
どういうことをおっしゃっているのでしょうか。この続きは次回に……。
10月 28, 2009
あっという間に10月も終ろうとしていますね。
お釈迦様が悟りを開かれた後、どうなされたのか、前回の続きをお話しします。
お釈迦様はかつて随従した橋陳如らの5人の救済を思い立ち、波羅奈国の鹿野苑に向かわれました。
そこで橋陳如らは自分たちの修行を続けていたのです。やがて遠方より近づいて来るお釈迦様を見て、五人は相談し、気持ちを一つにしました。
「あそこに来るのは苦行を捨てて女人から乳ちを受けた悉達多だ。あんな堕落者に礼をするな。起って迎えることも彼の衣鉢をうけることもいらない。見ぬふりをしておろう」と。
しかしお釈迦様が近づいてゆかれるにつれて五人は先の約束を守ることができなかった。
大宇宙最高の悟りを開かれた尊い、あまりにもまばゆいお姿に「ああ……っ」と一人が座を立ち、お釈迦様を迎える。
「どっどうしたっ……」とその一人を止めようともう一人が叫んだが、お釈迦様の尊容を拝すると、もうジッとしておれない。すぐにお釈迦様の衣鉢をとり、礼拝する。
ある者は座を設け、ある者は洗足水を持ってきて仏足を礼拝し、「せ……世尊!!」と叫んでぬかづいた。またたく間に5人はお釈迦様のもとに平伏したのです。
お釈迦様はこの5人を前に大覚悟を公言なされました。そして「我は一切勝者なり。一切の智者なり」と宣言し、仏覚をひらかれてより初めての説法をなされたのでした。
これを「初転法輪」と言われます。転法輪とは「仏さまの説法」のこと。仏さまの説法は荒れ果て、盤根錯節した私たちの心をローラーでならしてくださるので、「法輪を転がす」とあるのでしょう。
そして、お釈迦様の説法を聞き、橋陳如ら5人はたちまち開悟したと言われます。
かくして、80才でお亡くなりになるまで45年間の伝道生活が、ここに開始せられたのです。この間、仏として説かれたみ教えを今日、仏教と言われるのです。
では仏教には何が教えられているのでしょう。誰もが知りたいことですね。釈迦45年のみ教えは今日一切経(七千冊余りのお経)となって残されています。
では、一切経を一貫している根本思想とは何か。仏教の根幹とは?続けてお話ししたいと思います。
9月 16, 2009
35歳の12月8日、お釈迦様は遂に一見明星して大悟徹底、三世十方の実相を諦観せられ、三界の大導師たる仏陀となられたのです。
お釈迦さまがこのとき悟られた悟りの名前を「仏覚」(ぶっかく)と言われます。
一口にさとりと言いましても、低いさとりから高いさとりまで、52の位があると言われます。今大相撲が行われていますが、ちょうど相撲取りでも、下はフンドシ担ぎから上は大関、横綱までいろいろあるようなものです。その最高無上のさとりを「仏覚」といい、この上がありませんので、「無上覚」ともいわれます。その覚りを開かれた方だけを「仏」とか「仏さま」といわれるのです。
さとりを開くことを山登りに例えますと、一合目よりも二合目、二合目よりも三合目と、登れば登るほど、見える景色は広がっていきます。そして頂上まで登り詰めた時、辺り一面を見渡すことができるように、最高無上のさとりである仏覚まで到達した方だけが、大宇宙の真理すべてを体得することができるのです。
話はそれるかもしれませんが、しばらく大阪にいた時のことです。家近くの山頂から見渡す夜景は、ライトアップされる建物が地上に降った星々のようでそれはそれはきれいで素晴らしい眺めだったことを思い出します。
頂上から見える景色は壮観でうっとりさせるものなんですね。
話を戻します。さきほどの52あるさとりの位で、1段違えば人間と虫けらほどの境界の違いがあると言われます。私たちがゴキブリにテレビやパソコンの説明をしてその使い方を分からせることができるでしょうか。分からせようという気もおきないのではないでしょうか。
お釈迦さまは世俗の欲楽に耽っている人々、私たちにはその悟った法を理解させることができないであろう、いや私たちが理解できないばかりでなく、私たちが法を謗る結果になるかもしれないと考え一時自殺をはかられ説法を躊躇せられた程だったとお聞きします。
しかし、この歓びをあらゆる人々と、ともにしたい、の念願が心の深奥よりわき上がられたお釈迦さまは、仏の覚りを開かれてからお亡くなりになるまでの45年間、全人類の救われる道を明かされていかれたのです。それが、仏教なのです。
そのお釈迦さまの本意を、明らかにされた方が、日本にお生まれになった親鸞聖人であったのです。
そして、お釈迦さまはかつて随従した橋陳如らの救済を思い立たれたのでした。
7月 1, 2009
親鸞聖人の教えと、お釈迦様の考えと同じではないかと私は思います。
さて、菩提樹の下で
「我れ正覚を成ぜずんば、終にこの座を起たず」
と覚悟をされたシッダルタ太子(お釈迦様)ですが、じつは乳買いの娘から新鮮な乳を口にしたおかげで回復したシッダルタ太子(お釈迦様)の姿を橋陳如ら5人の従者がひそかにこの始終を見ていたのです。
「遂に太子は苦行に耐え切れず墮落した。
修行者にとっては大蛇よりも恐いといわれる女人から乳を受けた。
あんなことでは絶対さとりなど獲られるものではない。
あんな墮落者に随っていたら、我々も一緒に墮落してしまうぞ。」
とささやきながらシッダルタ太子(お釈迦様)を見捨てて西方バラナシ国に去っていきます。
確かにこれまで苦行していたシッダルタ太子(お釈迦様)が急に苦行をやめ、女人から乳を受けたとなると気がどうにかなってしまったのではないかと驚くでしょう。
シッダルタ太子(お釈迦様)の心中まで覗き見ることはできませんからね。
私がその橋陳如であったとしても、そう思うでしょう。
慕っていたからこそ、よけいに腹が立つでしょう。
シッダルタ太子(お釈迦様)の元を去っていった者たちの心中も分かります。
さて、一人、修行なされるシッダルタ太子(お釈迦様)。
修業中幾多の怪奇現象がおこります。
女色愛欲の誘惑や化怪象の威嚇などなど、一説には、悪魔がシッダルタ太子(お釈迦様)が悟ることを恐れ、さまざまな罠を仕掛けたのか、心の奥底を象徴的にえがいたものかは伺いしることは出来ません。
数多の誘惑に揺るぎもせずに静かな山の如く、深遠なること海のごときシッダルタ太子(お釈迦様)の忍耐と剛毅によって誘惑を克服されました。
35歳の12月8日、お釈迦様は遂に一見明星して大悟徹底、三世十方の実相を諦観せられ、大宇宙最高のさとりをひらかれた仏陀となられたのです。
悟りをひらかれたお釈迦様は、これから彼の元を去った橋陳如達にまず会いに行きます。
そのことについては、これから追々紹介していきますね。
繰り返しになりますが、親鸞会は親鸞聖人の教えをそのまま伝え、親鸞聖人はお釈迦さまの教えをそのまま伝えられた方。
ということは、親鸞会はお釈迦様の教えをそのまま伝えていることになりますね。
6月 20, 2009
お釈迦さまについていろいろ調べていたのですが、あるブログで親鸞聖人とお釈迦さまについて詳しく書いてありました。
さて、シッダルタ太子(お釈迦様)は、橋陳如とお供の者たちが城へ戻った後も苦行を続けます。
私たちの想像も及ばないような苦行です。
当時、悟りを開くためには苦行あるのみといった考えが当たり前でした。
シッダルタ太子(お釈迦様)もその考えにしたがい、節食・断食・呼吸の制御・特殊な立ち方や座り方などなど肉体的な苦痛を受け、五火の苦行をなどによって未来隊に打ち勝つ力をつけ、忍耐の精神と意思の鍛錬をするといったことを目的とした修行です。
しかし、これらの苦行をしても、まったくシッダルタ太子(お釈迦様)は悟りを開くことが出来なかったのです。
苦行によって心身ともに衰弱し、樹によりかからないと立っていることすらままならないお釈迦様は、苦行主義を捨てます。
「苦行によって衰弱した心身の力を回復しなければ、正しい智慧は生じない」
と考えたシッダルタ太子(お釈迦様)は、ニレゼンという河で水浴びをします。
垢を落とし、身を清められたのです。
しかし、苦行を止められたばかりの疲れ切った体では河に入ったものの、岸へはい上がる体力も気力も尽きていたのです。
そこへ通りかかった乳買いの娘にシッダルタ太子(お釈迦様)は一杯の乳の供養を請われます。
苦行によってやつれてはいたものの、シッダルタ太子(お釈迦様)のたぐいまれなる姿に乳買いの娘は喜んで新鮮な乳を捧げます。
新鮮な乳を口にしたおかげで、シッダルタ太子(お釈迦様)は気力を回復します。
そして悟りへの決意も新たにニレゼン河のほとりの菩提樹の下に座って
「我れ正覚を成ぜずんば、終にこの座を立たず」
と覚悟をされたのです。
お釈迦さまについて親鸞会のブログに書かれてありましたので、紹介させてもらいますね。
天上天下唯我独尊(釈尊) – 浄土真宗親鸞会 奥越親鸞学徒の集い
http://blog.goo.ne.jp/oonokatu21/e/5b5db203e802f89cd07dcd89b385c354
6月 1, 2009
一樹の下で瑞座熟思しているお釈迦様を発見した橋陳如とお供の者たちは、一同に父王を始め、妻のヤショダラ姫らからの熱烈な伝言をお釈迦様に伝えます。
「世の中の出家の動機には4通りあります。
病気や老いの苦しみ、貧しさや愛する者との死別などです。
しかし太子(お釈迦様のこと)にはこの四つの動機とも当てはまりません。
年若くて壮健で、貧しさとは縁遠く、ご家族の方がたもお変りはありません。
だというのにどうして若い楽しみを捨て、一衣一鉢の粗末な姿になられて遠い悟りを求められるのですか?」
橋陳如とお供の者たちにはシッダルタ太子(お釈迦様)の気持ちは理解できないものだったでしょう。
聡明なシッダルタ太子(お釈迦様)に次期王として城に戻ってきてほしかったことでしょう。
五人は涙ながらにお釈迦様に変心を願って帰城を懇願しました。
しかし、仏覚を成就するまでは帰国しないというシッダルタ太子(お釈迦様)の決意は大地のように強く微動だにしなかったのです。
5人にシッダルタ太子(お釈迦様)がその時答えた言葉とは・・・
「お前たちにはわからないのか、あの激しい無常の嵐が、まだ分からないのか。
ものはみな常住しないのだ。いずれの日にか衰え、いずれに日にか滅ぶのだ。
快楽の影にも無常の響きがこもっているのだ。
美女の奏ずる弦歌は欲をもって人を惑わすのみだ。
三界は悩みのみ、猛き火の如く浮かべる雲の如くj、幻や水泡の如し。
若きを愛すれどやがて老いと病と死の為に崩れ去るのだ」
シッダルタ太子(お釈迦様)の火の玉のような菩提心を聞き、橋陳如とお供の者たちは涙をのんでいったん城へ戻ることにします。
ブッダ(仏陀)とも釈尊とも呼ばれているお釈迦様の出家への意志の強さがうかがい知ることができますね。
5月 19, 2009
前回はお釈迦様と親鸞聖人と親鸞会の関係についても少しふれておきました。
おさらいしますとお釈迦様の教え(仏教)=親鸞聖人の教え(浄土真宗)=親鸞会、ということですね。
さて、今日はシッダルタ太子(お釈迦様)が出家されるあたりの頃の話から。
シッダルタ太子(お釈迦様)は、ある日、夜中にふと目を覚まされます。
すると、500人の美女たちが昼間の美しい姿はどこへやら、寝像も悪く眠りこけている姿を目の当たりにして驚愕します。
そして美しい女性たちのこの醜く眠りこけている姿こそが真の人間の姿だと出家を決断されるのです。
最愛の妻と幼い息子を抱きしめてから出家しよかとも思いましたが、抱きしめることによって目を覚ましてしまっては、出家を止めるに違いないと、後ろ髪を引かれる思いで城を出るのです。
シャノクという使者一人と白馬ケンジョク一頭だけを連れて。
シッダルタ太子(お釈迦様)が出家をされたのは、シッダルタ太子(お釈迦様)が29歳の2月8日のことでした。
若くしてこのような思いになられるとは、やはりお釈迦様としか言えないですよね。
父王はお釈迦様がいなくなったと知ると、即座に重臣たちを集め、お釈迦様の行方を聞きましたが、知る者は勿論いません。
父王は橋陳如(きょうちんにょ)という家臣に命じてシッダルタ太子(お釈迦様)を探させます。
橋陳如に4人の供をつけ、思いなおして連れ戻してくるようにと命じます。
国中を探し回った橋陳如達は、ようやく一樹の下で瑞座熟思しているお釈迦様を発見するのです。