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	<title>お釈迦様に魅せられて</title>
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	<description>お釈迦様の魅力をお話しします</description>
	<lastBuildDate>Thu, 19 Aug 2010 05:37:17 +0000</lastBuildDate>
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		<item>
		<title>仏法を聞く目的は何だろう</title>
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		<pubDate>Thu, 19 Aug 2010 05:37:17 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[お釈迦様と私]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.aboga2.net/?p=107</guid>
		<description><![CDATA[　お盆も明け、夏も終わりかと思えば、
まだまだ残暑が厳しい日本熱島ですね。
少し番外編です。
先日、ふとしたことで
兄と２人で甲子園に行くことになりました。
２５年ぶりでした。
帰省中の実家を８時前に出発し、
朝９時頃、甲子園に到着。
内野、特別自由席すべて満席だったため、
甲子園球場の後方までぐるっと周り、
右外野スタンドのイスに座りました。
すると、
体全身に響く応援歌、
厳しい暑さ、人の熱気、汗と焼けるような臭い、
そして何よりも、白球を追う高校球児の真剣さに
目頭が熱くなりました。
高校野球の第８日目の
北大津（滋賀）と前橋商（群馬）の試合でした。
球児と観客が一体となって
甲子園４万７千人が「感動」を共有していました。
甲子園球場に入るまでを考えると、
最寄り駅の阪神電車の「甲子園口駅」から人、人、人で
あふれていました。
２，３年で会う人、みーんなに、この１時間で
会ってしまった、という感じがするぐらいの
人の波でした。
ふと考えました。いったいこの人たちは何のために
甲子園に来ているのだろう。自分は兄との交換条件で、
来た、という気持ちでしたが、この人たちは猛暑の中、
自らすすんで来たのでしょう。
その目的はなんだろう、それは、
甲子園に入って分かりました。
「感動！」です。みんな「感動」を求めていたんだな、と。
　特別、高校野球が好き、ではなかった私も
気づけば、応援合戦に参加したり、ヒットやホームランに
大はしゃぎで、家に残っていた家内に興奮気味の写メールを
何度も送っていたのです。
今、話題の
「もし高校野球の女子マネージャーが
　ドラッカーの『マネジメント』を読んだら」
という本にも、高校野球の存在意義について
触れられていました。
高校野球は、
高校野球に携わるすべての人に「感動」を与えるもの、
と書かれていたと思います。
　では、私が今、お釈迦さまの教え、仏教を学ぶ目的は何だろう、
それを一人でも多くの人に知ってほしい、と悩む自分のその
目的は何だろう、と考えました。
　高校野球で得られる感動以上のもの、いや、比べられないものを
皆に伝えようとしているのならば、自分はどれだけ努力しているだろう、
工夫しているだろう。
　もっともっと向上し、研究しなければならない、
宣伝せねばならない。
　目的が大きければ大きいほど、どれだけその目的を
確認してもしすぎることはない、と高校野球を通して、
改めて考えさせられたのです。
ただの楽しい一時で終わらせてはならないと
思った暑い夏の１日でした。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　お盆も明け、夏も終わりかと思えば、<br />
まだまだ残暑が厳しい日本熱島ですね。</p>
<p>少し番外編です。</p>
<p>先日、ふとしたことで<br />
兄と２人で甲子園に行くことになりました。</p>
<p>２５年ぶりでした。</p>
<p>帰省中の実家を８時前に出発し、<br />
朝９時頃、甲子園に到着。</p>
<p>内野、特別自由席すべて満席だったため、<br />
甲子園球場の後方までぐるっと周り、<br />
右外野スタンドのイスに座りました。</p>
<p>すると、</p>
<p>体全身に響く応援歌、<br />
厳しい暑さ、人の熱気、汗と焼けるような臭い、<br />
そして何よりも、白球を追う高校球児の真剣さに<br />
目頭が熱くなりました。</p>
<p>高校野球の第８日目の<br />
北大津（滋賀）と前橋商（群馬）の試合でした。</p>
<p>球児と観客が一体となって<br />
甲子園４万７千人が「感動」を共有していました。</p>
<p>甲子園球場に入るまでを考えると、</p>
<p>最寄り駅の阪神電車の「甲子園口駅」から人、人、人で<br />
あふれていました。</p>
<p>２，３年で会う人、みーんなに、この１時間で<br />
会ってしまった、という感じがするぐらいの<br />
人の波でした。</p>
<p>ふと考えました。いったいこの人たちは何のために<br />
甲子園に来ているのだろう。自分は兄との交換条件で、<br />
来た、という気持ちでしたが、この人たちは猛暑の中、<br />
自らすすんで来たのでしょう。</p>
<p>その目的はなんだろう、それは、<br />
甲子園に入って分かりました。</p>
<p>「感動！」です。みんな「感動」を求めていたんだな、と。</p>
<p>　特別、高校野球が好き、ではなかった私も<br />
気づけば、応援合戦に参加したり、ヒットやホームランに<br />
大はしゃぎで、家に残っていた家内に興奮気味の写メールを<br />
何度も送っていたのです。</p>
<p>今、話題の<br />
「もし高校野球の女子マネージャーが<br />
　ドラッカーの『マネジメント』を読んだら」<br />
という本にも、高校野球の存在意義について<br />
触れられていました。</p>
<p>高校野球は、</p>
<p>高校野球に携わるすべての人に「感動」を与えるもの、<br />
と書かれていたと思います。</p>
<p>　では、私が今、お釈迦さまの教え、仏教を学ぶ目的は何だろう、<br />
それを一人でも多くの人に知ってほしい、と悩む自分のその<br />
目的は何だろう、と考えました。</p>
<p>　高校野球で得られる感動以上のもの、いや、比べられないものを<br />
皆に伝えようとしているのならば、自分はどれだけ努力しているだろう、<br />
工夫しているだろう。</p>
<p>　もっともっと向上し、研究しなければならない、<br />
宣伝せねばならない。</p>
<p>　目的が大きければ大きいほど、どれだけその目的を<br />
確認してもしすぎることはない、と高校野球を通して、<br />
改めて考えさせられたのです。</p>
<p>ただの楽しい一時で終わらせてはならないと<br />
思った暑い夏の１日でした。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>「私の尊い先生を紹介しに来たのだよ」（１）</title>
		<link>http://www.aboga2.net/?p=101</link>
		<comments>http://www.aboga2.net/?p=101#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 16 Jul 2010 01:06:47 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[阿弥陀仏について]]></category>

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		<description><![CDATA[　いよいよ梅雨に入りました。
体調管理、食べ物に気を付けねばならない季節ですが、
頑張っていきたいと思います。
　早速、朝刊に明るいニュースが届いていました。
　日本の小惑星探査機「はやぶさ」が、
１３日夜、地球と太陽の距離の４０倍に上る
６０億キロメートルの旅を終え、
打ち上げから７年ぶりに地球へ帰還した。
（「読売新聞」より）
　月より遠い天体に着陸した探査機が、
地球に帰還するのは世界でも初めて、とか。
　日本の宇宙技術の高さに日本人としての
誇りを感じます。さすがニッポン！
　これからは宇宙が舞台、やがて、
惑星間の宇宙旅行が可能な日も
そう遠くないかもしれませんね。
　いや、すでに２６００年も昔、
大宇宙を舞台に教えを説かれた方があったと言えば、
驚きませんか？そのお方こそ、お釈迦さまなのです。
　お釈迦さまは、
大宇宙には地球のようなものが数え切れないほどある、
と仰っています。
　これは今日の天文学でも知られ、
子供でも知っていることと思います。
　地球上にお釈迦さまが現われたように、
大宇宙の地球のようなものに、
それぞれ仏があらわれておられる。
　これらたくさんの仏がましますことを、
お釈迦さまは『阿弥陀経』に、
「恒河沙（ごうがしゃ）の数の諸仏ましまして」
と仰っておられます。
「恒河」とは、インドのガンジス河のことです。
ガンジス河と言えば、世界でもトップクラスの大きさを
誇る河です。
「沙」とは砂のことですから、
「恒河沙の数」とは、ガンジス河の砂の数ほどの、
ということです。
　皆さんの近所の川の砂の数を数えられたこと、
あるでしょうか。
　数える気がなくなるほど、たくさんありますよね。
それが世界のガンジス河ですから、
無限と言ってもいいくらいです。
　そういえば、数字の単位で、
「恒河沙」は10の52乗をあらわすそうです。
　お釈迦さまが仰った「恒河沙数」を、
仮に書いてみると……。
10,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000
　もう、なんのことかさっぱり分かりません……。
　そんな気の遠くなるほど、たくさんまします仏さま。
まさに大宇宙が舞台ですね。
　その大宇宙の仏方の、先生の仏がまします、
とお釈迦さまは仰っています。
　そのお方が「阿弥陀仏（あみだぶつ）」
と言われる仏なのです。
　お釈迦さまは阿弥陀仏のことを、
「諸仏の中の王なり、光明の中の極尊なり、
光明の中の最明無極（さいみょうむごく）なり」
と『大阿弥陀経』というお経に説かれています。
　今から５００年前に日本に現われた蓮如上人、
という方は次のようにそのことを仰っています。
「弥陀如来（あみだにょらい）と申すは
三世十方の諸仏の本師本仏（ほんしほんぶつ）なれば」
（御文章）
「如来」とは「仏さま」のことですから、
阿弥陀如来も阿弥陀仏も同じです。
「本師本仏」とは先生、ということ。
「三世十方の諸仏」とは十方諸仏のこと。
阿弥陀仏は大宇宙の諸仏の先生の仏である、
ということです。
　お釈迦さまも十方諸仏のお一人ですから、
お釈迦さまと阿弥陀仏との関係は、
阿弥陀仏が先生、お釈迦さまがそのお弟子、
ということになります。
　お釈迦さまが、
「私の尊い先生を紹介しに来たのだよ」と、
私たちに教えてくださったのが、
阿弥陀仏といわれる仏さまなのです。
　えーっ!?地球上で最も偉大な方、
と言われるお釈迦さまに先生がおられるの？
と、ビックリされた方もあるのではないでしょうか。
　続けてお話ししたいと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　いよいよ梅雨に入りました。<br />
体調管理、食べ物に気を付けねばならない季節ですが、<br />
頑張っていきたいと思います。</p>
<p>　早速、朝刊に明るいニュースが届いていました。</p>
<p>　日本の小惑星探査機「はやぶさ」が、<br />
１３日夜、地球と太陽の距離の４０倍に上る<br />
６０億キロメートルの旅を終え、<br />
打ち上げから７年ぶりに地球へ帰還した。<br />
（「読売新聞」より）</p>
<p>　月より遠い天体に着陸した探査機が、<br />
地球に帰還するのは世界でも初めて、とか。</p>
<p>　日本の宇宙技術の高さに日本人としての<br />
誇りを感じます。さすがニッポン！</p>
<p>　これからは宇宙が舞台、やがて、<br />
惑星間の宇宙旅行が可能な日も<br />
そう遠くないかもしれませんね。</p>
<p>　いや、すでに２６００年も昔、<br />
大宇宙を舞台に教えを説かれた方があったと言えば、<br />
驚きませんか？そのお方こそ、お釈迦さまなのです。</p>
<p>　お釈迦さまは、<br />
大宇宙には地球のようなものが数え切れないほどある、<br />
と仰っています。</p>
<p>　これは今日の天文学でも知られ、<br />
子供でも知っていることと思います。</p>
<p>　地球上にお釈迦さまが現われたように、<br />
大宇宙の地球のようなものに、<br />
それぞれ仏があらわれておられる。</p>
<p>　これらたくさんの仏がましますことを、<br />
お釈迦さまは『阿弥陀経』に、</p>
<p>「恒河沙（ごうがしゃ）の数の諸仏ましまして」<br />
と仰っておられます。</p>
<p>「恒河」とは、インドのガンジス河のことです。<br />
ガンジス河と言えば、世界でもトップクラスの大きさを<br />
誇る河です。</p>
<p>「沙」とは砂のことですから、<br />
「恒河沙の数」とは、ガンジス河の砂の数ほどの、<br />
ということです。</p>
<p>　皆さんの近所の川の砂の数を数えられたこと、<br />
あるでしょうか。</p>
<p>　数える気がなくなるほど、たくさんありますよね。<br />
それが世界のガンジス河ですから、<br />
無限と言ってもいいくらいです。</p>
<p>　そういえば、数字の単位で、<br />
「恒河沙」は10の52乗をあらわすそうです。</p>
<p>　お釈迦さまが仰った「恒河沙数」を、<br />
仮に書いてみると……。</p>
<p>10,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000</p>
<p>　もう、なんのことかさっぱり分かりません……。</p>
<p>　そんな気の遠くなるほど、たくさんまします仏さま。<br />
まさに大宇宙が舞台ですね。</p>
<p>　その大宇宙の仏方の、先生の仏がまします、<br />
とお釈迦さまは仰っています。</p>
<p>　そのお方が「阿弥陀仏（あみだぶつ）」<br />
と言われる仏なのです。</p>
<p>　お釈迦さまは阿弥陀仏のことを、</p>
<p>「諸仏の中の王なり、光明の中の極尊なり、<br />
光明の中の最明無極（さいみょうむごく）なり」</p>
<p>と『大阿弥陀経』というお経に説かれています。</p>
<p>　今から５００年前に日本に現われた蓮如上人、<br />
という方は次のようにそのことを仰っています。</p>
<p>「弥陀如来（あみだにょらい）と申すは<br />
三世十方の諸仏の本師本仏（ほんしほんぶつ）なれば」<br />
（御文章）</p>
<p>「如来」とは「仏さま」のことですから、<br />
阿弥陀如来も阿弥陀仏も同じです。</p>
<p>「本師本仏」とは先生、ということ。</p>
<p>「三世十方の諸仏」とは十方諸仏のこと。<br />
阿弥陀仏は大宇宙の諸仏の先生の仏である、<br />
ということです。</p>
<p>　お釈迦さまも十方諸仏のお一人ですから、<br />
お釈迦さまと阿弥陀仏との関係は、<br />
阿弥陀仏が先生、お釈迦さまがそのお弟子、<br />
ということになります。</p>
<p>　お釈迦さまが、<br />
「私の尊い先生を紹介しに来たのだよ」と、<br />
私たちに教えてくださったのが、<br />
阿弥陀仏といわれる仏さまなのです。</p>
<p>　えーっ!?地球上で最も偉大な方、<br />
と言われるお釈迦さまに先生がおられるの？</p>
<p>と、ビックリされた方もあるのではないでしょうか。</p>
<p>　続けてお話ししたいと思います。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>続「心と心、つながってるよ」</title>
		<link>http://www.aboga2.net/?p=98</link>
		<comments>http://www.aboga2.net/?p=98#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 27 May 2010 01:00:22 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[お釈迦様と親鸞聖人]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.aboga2.net/?p=98</guid>
		<description><![CDATA[　じめじめとした天気が続いております。
平成22年も梅雨シーズンがスタートしましたね。
梅雨と上手につきあっていきたいものです。
　最近のインターネットの進歩は目を見張るものが
あります。
「ネットの世界では、１日２４時間、地球の反対側の人とも
交流するチャンスがあります。（中略）
今、すべての人がインターネットにつながった環境を
つくることを目指しています。最も大事なことは、
「すべてのひと」が斉しく参加できるということです」
（『世界一やさしいネット力養成講座
　「ネットに弱い」が治る本』より）
　携帯電話、パソコン、そしてまもなく日本で発売される
iPadなどさまざまな機器を通して、人と人との交流、
どんな情報も、他人の日記やつぶやきまでも、
瞬時に知ることができる仕組みが整いつつあるのです。
　しかし、私たちが寂しい、と思う、その孤独感は
いやされているのでしょうか。
　このような技術が進むいっぽう、ますます
孤独や、不安感を募らせている人もいると
言われています。
　先日、ある新聞の投稿にあったことです。
　仲良しグループで食事に行ったが、そのグループの
一人（Ａさん）だけ、たまたまその食事には
呼ばれませんでした。
　いつも仲良しグループのブログをチェックしている
Ａさん。その晩、食事会のことに触れていた友達のブログを
発見。自分だけ誘われなかったことが分かり、とても
寂しく、嫌な思いをしたと言います。
　携帯電話や、インターネットが普及していなかった
時にはなかった悩み、不安でしょう。
　いつも心と心、つながっていたい、そんな心からの
寂しさは時代が変わっても、技術が進歩しても、変わらず
続いているのではないでしょうか。
「独生独死（どくしょうどくし）
　独去独来（どっこどくらい）」
の仏説に人間の本当の姿を知らされます。
　そんな中、私のすべてを知ってくださっている
方にお会いできたら、どんなに幸せでしょう。
　世界の光と言われている親鸞聖人は
有名な歎異抄の中に次のように仰っています。
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
ひとえに親鸞一人が為なりけり、
されば若干（そくばく）の業（ごう）を
もちける身にてありけるを、
助けんと思し召したちける本願のかたじけなさよ」
「五劫」とは、仏教で一劫が４億３千２百万年のことですから、
気の遠くなるような期間のことです。
「若干の業」とは量り知れない悪い業のこと。
「永い永い間、熟慮に熟慮を重ねて誓われた
弥陀のご本願は、まったく親鸞一人のためであった」と
喜ばれた親鸞聖人のお言葉です。
弥陀のご本願とは何か、弥陀とお釈迦様とは
どのような関係があるのか。
　続けて聞かせていただきたいと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　じめじめとした天気が続いております。<br />
平成22年も梅雨シーズンがスタートしましたね。<br />
梅雨と上手につきあっていきたいものです。</p>
<p>　最近のインターネットの進歩は目を見張るものが<br />
あります。</p>
<p>「ネットの世界では、１日２４時間、地球の反対側の人とも<br />
交流するチャンスがあります。（中略）<br />
今、すべての人がインターネットにつながった環境を<br />
つくることを目指しています。最も大事なことは、<br />
「すべてのひと」が斉しく参加できるということです」</p>
<p>（『世界一やさしいネット力養成講座<br />
　「ネットに弱い」が治る本』より）</p>
<p>　携帯電話、パソコン、そしてまもなく日本で発売される<br />
iPadなどさまざまな機器を通して、人と人との交流、<br />
どんな情報も、他人の日記やつぶやきまでも、<br />
瞬時に知ることができる仕組みが整いつつあるのです。</p>
<p>　しかし、私たちが寂しい、と思う、その孤独感は<br />
いやされているのでしょうか。</p>
<p>　このような技術が進むいっぽう、ますます<br />
孤独や、不安感を募らせている人もいると<br />
言われています。</p>
<p>　先日、ある新聞の投稿にあったことです。</p>
<p>　仲良しグループで食事に行ったが、そのグループの<br />
一人（Ａさん）だけ、たまたまその食事には<br />
呼ばれませんでした。</p>
<p>　いつも仲良しグループのブログをチェックしている<br />
Ａさん。その晩、食事会のことに触れていた友達のブログを<br />
発見。自分だけ誘われなかったことが分かり、とても<br />
寂しく、嫌な思いをしたと言います。</p>
<p>　携帯電話や、インターネットが普及していなかった<br />
時にはなかった悩み、不安でしょう。</p>
<p>　いつも心と心、つながっていたい、そんな心からの<br />
寂しさは時代が変わっても、技術が進歩しても、変わらず<br />
続いているのではないでしょうか。</p>
<p>「独生独死（どくしょうどくし）<br />
　独去独来（どっこどくらい）」</p>
<p>の仏説に人間の本当の姿を知らされます。</p>
<p>　そんな中、私のすべてを知ってくださっている<br />
方にお会いできたら、どんなに幸せでしょう。</p>
<p>　世界の光と言われている親鸞聖人は<br />
有名な歎異抄の中に次のように仰っています。</p>
<p>「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、<br />
ひとえに親鸞一人が為なりけり、<br />
されば若干（そくばく）の業（ごう）を<br />
もちける身にてありけるを、<br />
助けんと思し召したちける本願のかたじけなさよ」</p>
<p>「五劫」とは、仏教で一劫が４億３千２百万年のことですから、<br />
気の遠くなるような期間のことです。</p>
<p>「若干の業」とは量り知れない悪い業のこと。</p>
<p>「永い永い間、熟慮に熟慮を重ねて誓われた<br />
弥陀のご本願は、まったく親鸞一人のためであった」と<br />
喜ばれた親鸞聖人のお言葉です。</p>
<p>弥陀のご本願とは何か、弥陀とお釈迦様とは<br />
どのような関係があるのか。</p>
<p>　続けて聞かせていただきたいと思います。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>そんな私がなぜ生きる</title>
		<link>http://www.aboga2.net/?p=95</link>
		<comments>http://www.aboga2.net/?p=95#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 06 May 2010 01:03:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[お釈迦様の教え]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.aboga2.net/?p=95</guid>
		<description><![CDATA[　４月も終わり、待ちに待った
（待ってない人もありましょうが……）
大型連休がスタートしましたね。
　前回の続きを書く前に、新聞を広げると
４月２８日（水）にすでに４万３０００人が日本から
海外に飛び立った、との記事を見つけました。
海外に飛び立つ、ということで、
アメリカの大統領はもっと別のところに飛びだそうと
している、という『読売新聞』編集手帳（４月１７日掲載）
を思い出しましたので、紹介します。
「米国のオバマ大統領が新しい宇宙政策を発表した。
次世代ロケットを開発し、2030年代半ばまでに火星に人を
送るという。
　膨大な費用、片道半年ともいわれる長途の旅――
前途には難題が横たわるが……
（中略）
　2000年の国連ミレニアム・サミットで、
最貧国ハイチの大統領が
各国の首脳に問いかけた言葉を思い出す。
「地球にまだ飢えた者がいるとき、
火星に人類が一歩をしるしたからといって、
何の意味があるのか」と。
　その星に足跡を刻むころ、
人類の英知はどんな答えを用意しているだろう」
（読売新聞　編集手帳より）
　何億光年よりもずっとずっと広い大宇宙から見れば、
地球と火星との間はほんの小さな点にもならないそうです。
　いや、大宇宙からすれば塵にもならない地球上で、
生きる私はなんとちっぽけな存在だろう、と
満天の星を見て思うのは私だけでしょうか……。
「そんな私がなぜ生きる」
　お釈迦さまはその人間一人一人が最も
なさねばならないことは何か、という
人生の目的を教えていかれました。
「天上天下　唯我独尊」（お釈迦さま）
（天上にも地上にも、ただ人間にしか
できない唯一の尊いことがある）
　地球よりも、大宇宙の何よりも重くて尊い
目的がある、という人生の目的が抜けていては、
火星に行く意味も宙に浮いてしまうのでは
ないでしょうか。
　この連休を、人生の目的を明らかにされている
仏智（仏の智恵）を聞かせていただく勝縁に、
したいと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　４月も終わり、待ちに待った<br />
（待ってない人もありましょうが……）<br />
大型連休がスタートしましたね。</p>
<p>　前回の続きを書く前に、新聞を広げると<br />
４月２８日（水）にすでに４万３０００人が日本から<br />
海外に飛び立った、との記事を見つけました。</p>
<p>海外に飛び立つ、ということで、<br />
アメリカの大統領はもっと別のところに飛びだそうと<br />
している、という『読売新聞』編集手帳（４月１７日掲載）<br />
を思い出しましたので、紹介します。</p>
<p>「米国のオバマ大統領が新しい宇宙政策を発表した。<br />
次世代ロケットを開発し、2030年代半ばまでに火星に人を<br />
送るという。</p>
<p>　膨大な費用、片道半年ともいわれる長途の旅――<br />
前途には難題が横たわるが……</p>
<p>（中略）</p>
<p>　2000年の国連ミレニアム・サミットで、</p>
<p>最貧国ハイチの大統領が</p>
<p>各国の首脳に問いかけた言葉を思い出す。</p>
<p>「地球にまだ飢えた者がいるとき、<br />
火星に人類が一歩をしるしたからといって、<br />
何の意味があるのか」と。</p>
<p>　その星に足跡を刻むころ、<br />
人類の英知はどんな答えを用意しているだろう」</p>
<p>（読売新聞　編集手帳より）</p>
<p>　何億光年よりもずっとずっと広い大宇宙から見れば、<br />
地球と火星との間はほんの小さな点にもならないそうです。</p>
<p>　いや、大宇宙からすれば塵にもならない地球上で、<br />
生きる私はなんとちっぽけな存在だろう、と<br />
満天の星を見て思うのは私だけでしょうか……。</p>
<p>「そんな私がなぜ生きる」</p>
<p>　お釈迦さまはその人間一人一人が最も<br />
なさねばならないことは何か、という<br />
人生の目的を教えていかれました。</p>
<p>「天上天下　唯我独尊」（お釈迦さま）</p>
<p>（天上にも地上にも、ただ人間にしか<br />
できない唯一の尊いことがある）</p>
<p>　地球よりも、大宇宙の何よりも重くて尊い<br />
目的がある、という人生の目的が抜けていては、<br />
火星に行く意味も宙に浮いてしまうのでは<br />
ないでしょうか。</p>
<p>　この連休を、人生の目的を明らかにされている<br />
仏智（仏の智恵）を聞かせていただく勝縁に、<br />
したいと思います。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>「心と心、つながってるよ」</title>
		<link>http://www.aboga2.net/?p=92</link>
		<comments>http://www.aboga2.net/?p=92#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 19 Mar 2010 08:15:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[お釈迦様と親鸞聖人]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.aboga2.net/?p=92</guid>
		<description><![CDATA[もうすぐ春ですね～♪
　日本各地で
桜開花のたよりが届き始めています。
　その期待と希望の明るさとは
うらはらに
自ら生命を絶ってゆく人が
日本だけでも、どれだけいるでしょう。
　３月１８日の朝日新聞に
「自殺予防を呼びかける県のポスター（富山県）」
ができたという記事がありました。
　そのポスターには
同県出身の漫画家・まつもと泉さんの
「きまぐれオレンジ★ロード」人気ヒロインが
描かれています。
　まつもとさん自身が病気と闘い、不眠や強い不安感に
さいなまれた経験があるということで、県からの依頼を
快諾した、と書かれていました。
　そういえば以前、
ＮＨＫの「おはよう日本」で
このまつもとさんの闘病生活が紹介されていたのを
思い出しました。
　その中で自分の病気について、
激しい頭痛で眠れない、生きているのがつらい。
しかし周りからは怠けていると思われてしまう。
そんな誰にも分かってもらえない苦悩を
次のように語っていました。
「父よ！母よ！信じてほしい……。
どれだけ説明しても分かってもらえない。
どう言っても分かってもらえない。
身内や近くにいる人こそ
理解してもらいたいのに
理解してもらえない。
どんどん孤独になっていきました」
自殺する人の中で病苦が最も多いことに、
とても人ごととは思えないと
まつもとさんは言います。
　このポスターのヒロインには
「心と心、つながってるよ」
というセリフがあります。
　その苦しみを分かってくれる人がいる。
あなたは独りではない、ということを
訴えたいのでしょう。
　私たちの孤独の実相を
お釈迦様は２６００年前に
「独生独死　独去独来」（大無量寿経）
とおっしゃいました。
独りで生まれ、独り死んでいく。
独りやって来て、独り去りゆく。
すべて人は独りぼっちであると
教えられています。
さびしい、誰にも分かってもらえない。
そんな寂しい心を抱えている。
　どれだけ医学、科学が進歩し、
生活が豊かになり、便利になっても、
底知れぬ孤独に泣いている人間の心は
もう変わらないのです。
　そんな心が救われる時があるとしたら、
私の心の底の底まで知り抜いてくださっている方が
あるとしたら、どんなに幸せでしょう。
　お釈迦様の教えをそのまま教えられた
親鸞聖人は、有名な歎異抄に次のように
おっしゃっています。
「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、
ひとえに親鸞一人が為なりけり、
されば若干（そくばく）の業（ごう）を
もちける身にてありけるを、
助けんと思し召したちける本願のかたじけなさよ」
どういうことをおっしゃっている
のでしょうか。
次回、続けてお話ししたいと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>もうすぐ春ですね～♪</p>
<p>　日本各地で<br />
桜開花のたよりが届き始めています。</p>
<p>　その期待と希望の明るさとは<br />
うらはらに<br />
自ら生命を絶ってゆく人が<br />
日本だけでも、どれだけいるでしょう。</p>
<p>　３月１８日の朝日新聞に<br />
「自殺予防を呼びかける県のポスター（富山県）」<br />
ができたという記事がありました。</p>
<p>　そのポスターには<br />
同県出身の漫画家・まつもと泉さんの<br />
「きまぐれオレンジ★ロード」人気ヒロインが<br />
描かれています。</p>
<p>　まつもとさん自身が病気と闘い、不眠や強い不安感に<br />
さいなまれた経験があるということで、県からの依頼を<br />
快諾した、と書かれていました。</p>
<p>　そういえば以前、<br />
ＮＨＫの「おはよう日本」で<br />
このまつもとさんの闘病生活が紹介されていたのを<br />
思い出しました。</p>
<p>　その中で自分の病気について、<br />
激しい頭痛で眠れない、生きているのがつらい。<br />
しかし周りからは怠けていると思われてしまう。<br />
そんな誰にも分かってもらえない苦悩を<br />
次のように語っていました。</p>
<p>「父よ！母よ！信じてほしい……。</p>
<p>どれだけ説明しても分かってもらえない。<br />
どう言っても分かってもらえない。<br />
身内や近くにいる人こそ<br />
理解してもらいたいのに<br />
理解してもらえない。<br />
どんどん孤独になっていきました」</p>
<p>自殺する人の中で病苦が最も多いことに、<br />
とても人ごととは思えないと<br />
まつもとさんは言います。</p>
<p>　このポスターのヒロインには</p>
<p>「心と心、つながってるよ」</p>
<p>というセリフがあります。</p>
<p>　その苦しみを分かってくれる人がいる。<br />
あなたは独りではない、ということを<br />
訴えたいのでしょう。</p>
<p>　私たちの孤独の実相を<br />
お釈迦様は２６００年前に</p>
<p>「独生独死　独去独来」（大無量寿経）</p>
<p>とおっしゃいました。</p>
<p>独りで生まれ、独り死んでいく。<br />
独りやって来て、独り去りゆく。</p>
<p>すべて人は独りぼっちであると<br />
教えられています。</p>
<p>さびしい、誰にも分かってもらえない。<br />
そんな寂しい心を抱えている。</p>
<p>　どれだけ医学、科学が進歩し、<br />
生活が豊かになり、便利になっても、<br />
底知れぬ孤独に泣いている人間の心は<br />
もう変わらないのです。</p>
<p>　そんな心が救われる時があるとしたら、<br />
私の心の底の底まで知り抜いてくださっている方が<br />
あるとしたら、どんなに幸せでしょう。</p>
<p>　お釈迦様の教えをそのまま教えられた<br />
親鸞聖人は、有名な歎異抄に次のように<br />
おっしゃっています。</p>
<p>「弥陀の五劫思惟の願をよくよく案ずれば、<br />
ひとえに親鸞一人が為なりけり、<br />
されば若干（そくばく）の業（ごう）を<br />
もちける身にてありけるを、<br />
助けんと思し召したちける本願のかたじけなさよ」</p>
<p>どういうことをおっしゃっている<br />
のでしょうか。</p>
<p>次回、続けてお話ししたいと思います。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>幸せになりたいならば、布施をせよ</title>
		<link>http://www.aboga2.net/?p=88</link>
		<comments>http://www.aboga2.net/?p=88#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 12 Feb 2010 05:08:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[布施について]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.aboga2.net/?p=88</guid>
		<description><![CDATA[　２月ももう半ば。一日一日を大切に
頑張りたいと思います。
　お釈迦さまは仏教でたくさんの善を教えられていると
先日、親鸞会のテレビ座談会というご縁でお聞きしました。
　そのたくさんの善を六つにまとめられたのを
六度万行と言い、その一番始めに「布施」が教え
られています。
「布施」（ふせ）という言葉はどこかで聞いたことがある、
という人が多いのでは、と思います。
「布施」とは親切であり、施す、ということです。
「幸せになりたい」。だれもが思うことですね。
　マンガ「銀河鉄道９９９」の主題歌には
「人は誰でも幸せ探す　旅人のようなもの」
とあります。（古い歌ですみません……）
　歌っていた子供の頃は、そんなものかなぁと
思っていましたが……。
　幸せな人、いやそうでない人。何が違うのでしょう。
家族、財産、健康いろいろなものに恵まれることも
幸せを感ずる要素の一つかもしれません。
　しかし、どんな境遇にあろうとも、
心から「幸せだなぁ」とニッコリ笑顔で
明るく生きるている人がいたら、その秘訣を
聞きたくなりませんか？
「施しは生きる力の元と知れ」
　そうです。お釈迦さまが教えられた布施行の
実践が生きる力、幸せの元なのです。
　少し横道にそれるかもしれませんが、
この前、携帯電話用のイヤホンマイクを購入
するために電機店に行きました。
　たくさんのイヤホンの形、接続端子の種類
があって、自分の携帯電話にどのイヤホンマイクが
使えるのか、よく分かりませんでした。
　近くにいた若い店員に自分の携帯電話を見せて
聞いたところ、２，３種類紹介されました。
　念のため、その製品が（お客さまの）携帯電話で
対応しているかどうかは製品のサイトで確認して
くださいとのこと。
　店に行って、その店員に尋ねているのに、
自分でネットで調べてください、との返答に
とても困りました。
　ネットで調べ方が分からない人にはとても
不親切！だと感じました。
　その場でネットで調べる術もなく、そんなに
高い物ではないから、とその２，３種類の中から
一つを購入しました。
　しかし、自宅で開封して使ってみたところ、
音がでず、対応していないことが分かりました。
　やむなく、次の日に、
同じ店で別の店員に尋ねました。
　昨日の人より少し年上で
愛想のいい店員でした。
　すると昨日紹介された物は端子は同じ型でも、
（お客さまの）携帯電話では対応していないです、
と即答されました。
　そして４，５種類を私に紹介してくれ、自信いっぱい
これはお客さまの携帯電話に間違いなく対応していますので、
この中からお選びください、とのこと。
　それからその４，５種類それぞれの機能の違いを丁寧に
説明してくれました。
「昨日ここで購入した物が私の携帯で使えなかったんです、
開封した物は返品できないと聞いたので……」と話すと、
しばらく考えて
「開封された物は本来はお受けできないのですが、
特別にお受けしますよ」と
ニッコリ、言ってくれました。
　相手が困っていることをよく理解して、
自分の店にとって不利益なことでも、
自分の権限の範囲で相手の立場にたって
対応してくれたことに、とても感動しました。
　その上、製品に対する知識が昨日の
店員と桁違いで、聞いたことにすぐ的確に
答えてくれることで安心感と信頼感を強く
持ちました。
　こういう店員がいる店ならば
また行きたい、そこで買おう、
という気持ちに自然になったのです。
　改めて店内を見渡し、昨日の若い店員を見ると
表情が暗く、声もあまり出ていません。
　しかし、今日対応してくれた店員は
生き生きしていつも笑顔で、客によく声
をかけていました。
　商売のことではあるけれど、
私もおおいに見習わなければならない、と
反省させられました。
　相手の立場に立って、相手を思って親切すれば
巡り巡って自分の幸せ、喜び、満足になる。
　お釈迦さまが
教えられる布施に通ずるのでは、
と思いました。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　２月ももう半ば。一日一日を大切に<br />
頑張りたいと思います。</p>
<p>　お釈迦さまは仏教でたくさんの善を教えられていると<br />
先日、<a href="http://xn--6oqq14l22m.com" target="_blank">親鸞会</a>のテレビ座談会というご縁でお聞きしました。</p>
<p>　そのたくさんの善を六つにまとめられたのを<br />
六度万行と言い、その一番始めに「布施」が教え<br />
られています。</p>
<p>「布施」（ふせ）という言葉はどこかで聞いたことがある、<br />
という人が多いのでは、と思います。</p>
<p>「布施」とは親切であり、施す、ということです。</p>
<p>「幸せになりたい」。だれもが思うことですね。</p>
<p>　マンガ「銀河鉄道９９９」の主題歌には</p>
<p>「人は誰でも幸せ探す　旅人のようなもの」</p>
<p>とあります。（古い歌ですみません……）</p>
<p>　歌っていた子供の頃は、そんなものかなぁと<br />
思っていましたが……。</p>
<p>　幸せな人、いやそうでない人。何が違うのでしょう。<br />
家族、財産、健康いろいろなものに恵まれることも<br />
幸せを感ずる要素の一つかもしれません。</p>
<p>　しかし、どんな境遇にあろうとも、<br />
心から「幸せだなぁ」とニッコリ笑顔で<br />
明るく生きるている人がいたら、その秘訣を<br />
聞きたくなりませんか？</p>
<p>「施しは生きる力の元と知れ」</p>
<p>　そうです。お釈迦さまが教えられた布施行の<br />
実践が生きる力、幸せの元なのです。</p>
<p>　少し横道にそれるかもしれませんが、<br />
この前、携帯電話用のイヤホンマイクを購入<br />
するために電機店に行きました。</p>
<p>　たくさんのイヤホンの形、接続端子の種類<br />
があって、自分の携帯電話にどのイヤホンマイクが<br />
使えるのか、よく分かりませんでした。</p>
<p>　近くにいた若い店員に自分の携帯電話を見せて<br />
聞いたところ、２，３種類紹介されました。</p>
<p>　念のため、その製品が（お客さまの）携帯電話で<br />
対応しているかどうかは製品のサイトで確認して<br />
くださいとのこと。</p>
<p>　店に行って、その店員に尋ねているのに、<br />
自分でネットで調べてください、との返答に<br />
とても困りました。</p>
<p>　ネットで調べ方が分からない人にはとても<br />
不親切！だと感じました。</p>
<p>　その場でネットで調べる術もなく、そんなに<br />
高い物ではないから、とその２，３種類の中から<br />
一つを購入しました。</p>
<p>　しかし、自宅で開封して使ってみたところ、<br />
音がでず、対応していないことが分かりました。</p>
<p>　やむなく、次の日に、<br />
同じ店で別の店員に尋ねました。</p>
<p>　昨日の人より少し年上で<br />
愛想のいい店員でした。</p>
<p>　すると昨日紹介された物は端子は同じ型でも、<br />
（お客さまの）携帯電話では対応していないです、<br />
と即答されました。</p>
<p>　そして４，５種類を私に紹介してくれ、自信いっぱい<br />
これはお客さまの携帯電話に間違いなく対応していますので、<br />
この中からお選びください、とのこと。</p>
<p>　それからその４，５種類それぞれの機能の違いを丁寧に<br />
説明してくれました。</p>
<p>「昨日ここで購入した物が私の携帯で使えなかったんです、<br />
開封した物は返品できないと聞いたので……」と話すと、</p>
<p>しばらく考えて</p>
<p>「開封された物は本来はお受けできないのですが、<br />
特別にお受けしますよ」と</p>
<p>ニッコリ、言ってくれました。</p>
<p>　相手が困っていることをよく理解して、<br />
自分の店にとって不利益なことでも、<br />
自分の権限の範囲で相手の立場にたって<br />
対応してくれたことに、とても感動しました。</p>
<p>　その上、製品に対する知識が昨日の<br />
店員と桁違いで、聞いたことにすぐ的確に<br />
答えてくれることで安心感と信頼感を強く<br />
持ちました。</p>
<p>　こういう店員がいる店ならば<br />
また行きたい、そこで買おう、<br />
という気持ちに自然になったのです。</p>
<p>　改めて店内を見渡し、昨日の若い店員を見ると<br />
表情が暗く、声もあまり出ていません。</p>
<p>　しかし、今日対応してくれた店員は<br />
生き生きしていつも笑顔で、客によく声<br />
をかけていました。</p>
<p>　商売のことではあるけれど、<br />
私もおおいに見習わなければならない、と<br />
反省させられました。</p>
<p>　相手の立場に立って、相手を思って親切すれば<br />
巡り巡って自分の幸せ、喜び、満足になる。</p>
<p>　お釈迦さまが<br />
教えられる布施に通ずるのでは、<br />
と思いました。</p>
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	</item>
		<item>
		<title>仏説まこと</title>
		<link>http://www.aboga2.net/?p=83</link>
		<comments>http://www.aboga2.net/?p=83#comments</comments>
		<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 01:27:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[諸行無常について]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.aboga2.net/?p=83</guid>
		<description><![CDATA[　あっという間に年末年始も過ぎました。
１月は「行く」、
２月は「逃げる」、
３月は「去る」
と言われるように、バタバタして、思い通りに事が進まないのは、
私だけでしょうか……。
　実際、
年末は車検、年賀状、帰省、
年始は新年会、自宅の雪すかしに明け暮れる日々、
とジェットコースターが走り抜けるような、
あっという間に今日になった、という感じがします。
　このような日々がずーっと続くんだろうなぁ、
家族が健康で、事故もない。
忙しいけれど、急激な変化はないように感じる日々、
それが幸せなのかなぁと思っている自分があります。
　しかし、お釈迦様は
「諸行無常」と教えられてます。
　諸行とはあらゆるもの。
無常とは常がない、ということ。
　この世のものすべては次の瞬間、変化し、
変わらないものは何一つない、ということです。
　あのホリエモンこと、
ライブドア元社長の堀江貴文氏は
保釈後の講演で、
人生を「諸行無常」と表現したり、
「信じれば信じるほど裏切られる」と語ったそうです。
　得意の絶頂にいた彼が、
瞬く間に底の見えない谷に堕ちたその経験から、
頭だけでもそう感じたからかも知れません。
　今に話を戻せば、日本大手航空会社が経営破綻。
だれが想像できたでしょう。
　また、12日にカリブ海の島国ハイチを
おそった大地震によって、
日常のまどろみ一切が粉砕された人が
人口約３分の１にあたる３００万人
と報道されています。
　今まで住んでいた家も、国家機能も一瞬のうちに
瓦礫と化してしまったのはまさに
「諸行無常」の仏説そのままです。
　19日放送のクローズアップ現代によると、
ハイチには２５０年ほど前に同じような大地震
があったそうです。
　しかしその教訓が今回の地震には、
ほとんど生かされていなかった。
　悲惨な事故も悲しみも苦しみも長くは続かない。
その痛みをもう二度と味わいたくない、という決意も
親から子、子から孫、と移り変われば消えていく。
　番組の中で、過去の地震を教訓として対策を
立て続けることを識者は「忘却との闘い」と
表現していました。
　いや、それは地震だけのことではないでしょう。
２５０年前までいかずとも、
身近な人が、
事故や病気で亡くなっていく姿を
私たちは実際、
見聞きしているではないでしょうか。
　その時は、無常を見つめて厳粛に、
自己の人生を振り返ったのではないでしょうか。
　しかし時間がたてば忙しさがその気持ちを
忘却のかなたへと押しやってしまう。
　自分が無常であることを決して忘れてはならない、
無常を無常とみつめていきなさいと
お釈迦様は「諸行無常」と教えられているのでは
ないでしょうか。
「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、
万のこと皆もってそらごと・たわごと・真実あることなきに、
ただ念仏のみぞまことにておわします」（歎異抄）
　親鸞会の講演会でお聞きした親鸞聖人のお言葉を
思い出しました。
　私たちは必ず、
家族との団らん、仕事、何気ない日常すべてが
粉砕されて、
たった一人で後生へと旅立たなければなりません。
　そう思えば、すべては夢幻ではないか。
変わらないものとは何だろう、
朝から晩まで必死にかき集めているものは、
いったい何の役にたつのだろう。
そう知らされるはずです。
　日々報ぜられる世界ニュース、
目前に展開される悲喜劇すべては
そのまま、私たちに仏説まことを知らせるための
ご方便、と受け止め、
これからも仏法を
学んでいきたいと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　あっという間に年末年始も過ぎました。</p>
<p>１月は「行く」、<br />
２月は「逃げる」、<br />
３月は「去る」</p>
<p>と言われるように、バタバタして、思い通りに事が進まないのは、<br />
私だけでしょうか……。</p>
<p>　実際、<br />
年末は車検、年賀状、帰省、<br />
年始は新年会、自宅の雪すかしに明け暮れる日々、</p>
<p>とジェットコースターが走り抜けるような、<br />
あっという間に今日になった、という感じがします。</p>
<p>　このような日々がずーっと続くんだろうなぁ、<br />
家族が健康で、事故もない。<br />
忙しいけれど、急激な変化はないように感じる日々、<br />
それが幸せなのかなぁと思っている自分があります。</p>
<p>　しかし、お釈迦様は<br />
「諸行無常」と教えられてます。</p>
<p>　諸行とはあらゆるもの。<br />
無常とは常がない、ということ。</p>
<p>　この世のものすべては次の瞬間、変化し、<br />
変わらないものは何一つない、ということです。</p>
<p>　あのホリエモンこと、<br />
ライブドア元社長の堀江貴文氏は<br />
保釈後の講演で、</p>
<p>人生を「諸行無常」と表現したり、<br />
「信じれば信じるほど裏切られる」と語ったそうです。</p>
<p>　得意の絶頂にいた彼が、<br />
瞬く間に底の見えない谷に堕ちたその経験から、<br />
頭だけでもそう感じたからかも知れません。</p>
<p>　今に話を戻せば、日本大手航空会社が経営破綻。<br />
だれが想像できたでしょう。</p>
<p>　また、12日にカリブ海の島国ハイチを<br />
おそった大地震によって、<br />
日常のまどろみ一切が粉砕された人が<br />
人口約３分の１にあたる３００万人<br />
と報道されています。</p>
<p>　今まで住んでいた家も、国家機能も一瞬のうちに<br />
瓦礫と化してしまったのはまさに<br />
「諸行無常」の仏説そのままです。</p>
<p>　19日放送のクローズアップ現代によると、<br />
ハイチには２５０年ほど前に同じような大地震<br />
があったそうです。</p>
<p>　しかしその教訓が今回の地震には、<br />
ほとんど生かされていなかった。</p>
<p>　悲惨な事故も悲しみも苦しみも長くは続かない。<br />
その痛みをもう二度と味わいたくない、という決意も<br />
親から子、子から孫、と移り変われば消えていく。</p>
<p>　番組の中で、過去の地震を教訓として対策を<br />
立て続けることを識者は「忘却との闘い」と<br />
表現していました。</p>
<p>　いや、それは地震だけのことではないでしょう。<br />
２５０年前までいかずとも、<br />
身近な人が、<br />
事故や病気で亡くなっていく姿を<br />
私たちは実際、<br />
見聞きしているではないでしょうか。</p>
<p>　その時は、無常を見つめて厳粛に、<br />
自己の人生を振り返ったのではないでしょうか。</p>
<p>　しかし時間がたてば忙しさがその気持ちを<br />
忘却のかなたへと押しやってしまう。</p>
<p>　自分が無常であることを決して忘れてはならない、<br />
無常を無常とみつめていきなさいと<br />
お釈迦様は「諸行無常」と教えられているのでは<br />
ないでしょうか。</p>
<p>「煩悩具足の凡夫・火宅無常の世界は、<br />
万のこと皆もってそらごと・たわごと・真実あることなきに、<br />
ただ念仏のみぞまことにておわします」（歎異抄）</p>
<p>　<a href="http://xn--6oqq14l22m.com/" target="_blank">親鸞会</a>の講演会でお聞きした親鸞聖人のお言葉を<br />
思い出しました。<br />
　私たちは必ず、<br />
家族との団らん、仕事、何気ない日常すべてが<br />
粉砕されて、<br />
たった一人で後生へと旅立たなければなりません。</p>
<p>　そう思えば、すべては夢幻ではないか。<br />
変わらないものとは何だろう、<br />
朝から晩まで必死にかき集めているものは、<br />
いったい何の役にたつのだろう。</p>
<p>そう知らされるはずです。</p>
<p>　日々報ぜられる世界ニュース、<br />
目前に展開される悲喜劇すべては</p>
<p>そのまま、私たちに仏説まことを知らせるための<br />
ご方便、と受け止め、<br />
これからも仏法を<br />
学んでいきたいと思います。</p>
]]></content:encoded>
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	</item>
		<item>
		<title>親鸞聖人ほど</title>
		<link>http://www.aboga2.net/?p=80</link>
		<comments>http://www.aboga2.net/?p=80#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 16 Dec 2009 00:42:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[お釈迦様と親鸞聖人]]></category>

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		<description><![CDATA[　もう１２月も半ばになりました。光陰矢の如し。時が経つのは本当に速いものですね。
ところで皆さん、今から１週間前の１２月８日は何の日だったかご存知でしょうか。
　お釈迦さま成道の日です。「成道」とは成仏得道のことで、悟りを開いて仏になることを言います。約二千六百年前に仏になられたお釈迦さまは私たちに何を教えてくださったのでしょう。
　世界の３大聖人、２大聖人といわれても常にトップにあげられるお方、お釈迦さまは、全人類の救われる道を説き明かされていかれました。それが仏教です。その教えはたくさんのお経となって残されています。
　その数なんと七千冊以上。１日に１冊読めたとしても、２０年近くかかります。しかも、難しい漢字ばかりで書かれています。使われている言葉も仏教専門の言葉ばかりです。現代の私たちがその教えを知るにはどうすればよいのでしょう……
　そのお釈迦さまの本意を、明らかにされた方が、日本にお生まれになった親鸞聖人、と聞けば皆さんはどう思われるでしょうか。
　前回の最後に親鸞聖人、常の仰せを紹介しました。
「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」
「更に親鸞珍しき法をも弘めず」とは、親鸞は今までだれも説いたことがない教え、親鸞独自の考えをお伝えしているのではない、ということです。では親鸞聖人、あなたはどなたの説かれた教えを伝えられているのですか、とお尋ねすると、「如来の教法をわれも信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」と答えておられます。
「如来の教法」の「如来」とは「仏」と同じことです。「教法」とは教えのことですから、「如来の教法」で「仏教」ということです。親鸞聖人は「仏教を私も信じ、皆さんにお伝えしているだけなんだ、それ以外にはないのだ」と仰っているのです。
　えーっ!?親鸞聖人と聞けば、浄土真宗の開祖、悪人正機の教えが有名で、当時までなかった独自の教えを創作せられた方、と思われている方もあるかもしれません。
　私も中学校の歴史の授業、高校の現代社会（今はなかったら済みません）という科目でそのように教えられてきて、かんかんに思っていたことです。
　それが親鸞会のご法話にご縁があって、この親鸞聖人のお言葉を知り、そうではなかったんだ、と初めて分かったんです。
　続きは次回にお話ししますね。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　もう１２月も半ばになりました。光陰矢の如し。時が経つのは本当に速いものですね。<br />
ところで皆さん、今から１週間前の１２月８日は何の日だったかご存知でしょうか。</p>
<p>　お釈迦さま成道の日です。「成道」とは成仏得道のことで、悟りを開いて仏になることを言います。約二千六百年前に仏になられたお釈迦さまは私たちに何を教えてくださったのでしょう。</p>
<p>　世界の３大聖人、２大聖人といわれても常にトップにあげられるお方、お釈迦さまは、全人類の救われる道を説き明かされていかれました。それが仏教です。その教えはたくさんのお経となって残されています。</p>
<p>　その数なんと七千冊以上。１日に１冊読めたとしても、２０年近くかかります。しかも、難しい漢字ばかりで書かれています。使われている言葉も仏教専門の言葉ばかりです。現代の私たちがその教えを知るにはどうすればよいのでしょう……</p>
<p>　そのお釈迦さまの本意を、明らかにされた方が、日本にお生まれになった親鸞聖人、と聞けば皆さんはどう思われるでしょうか。</p>
<p>　前回の最後に親鸞聖人、常の仰せを紹介しました。</p>
<p>「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」</p>
<p>「更に親鸞珍しき法をも弘めず」とは、親鸞は今までだれも説いたことがない教え、親鸞独自の考えをお伝えしているのではない、ということです。では親鸞聖人、あなたはどなたの説かれた教えを伝えられているのですか、とお尋ねすると、「如来の教法をわれも信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり」と答えておられます。</p>
<p>「如来の教法」の「如来」とは「仏」と同じことです。「教法」とは教えのことですから、「如来の教法」で「仏教」ということです。親鸞聖人は「仏教を私も信じ、皆さんにお伝えしているだけなんだ、それ以外にはないのだ」と仰っているのです。</p>
<p>　えーっ!?親鸞聖人と聞けば、浄土真宗の開祖、悪人正機の教えが有名で、当時までなかった独自の教えを創作せられた方、と思われている方もあるかもしれません。</p>
<p>　私も中学校の歴史の授業、高校の現代社会（今はなかったら済みません）という科目でそのように教えられてきて、かんかんに思っていたことです。</p>
<p>　それが<a href="http://www.shinrankai.net/" target="_blank">親鸞会</a>のご法話にご縁があって、この親鸞聖人のお言葉を知り、そうではなかったんだ、と初めて分かったんです。</p>
<p>　続きは次回にお話ししますね。</p>
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		<title>「仏」とは?</title>
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		<pubDate>Wed, 18 Nov 2009 00:44:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[宗教に対する考え]]></category>

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		<description><![CDATA[　もう１１月も半ばになりました。そろそろ冬支度を、と思っておられる方も多いのでは？今回もお釈迦さまが教えられたことを一緒に学んでみましょう。
　お釈迦さまが３５才に仏の覚りを開かれ、８０才でお亡くなりになるまでの４５年間、仏として説いていかれた教えを今日、仏教と言われます。その仏教に何が教えられているかをお話しする前に、一つ確認しておきたいことがあります。
　仏の教え、と言われますが、「仏」とはどのような意味で使われているでしょうか。「仏」はテレビやラジオでもよく聞かれる言葉ですね。ほとんどの人が「仏」＝「死人」のことと思っていられるようです。
　先日もテレビのインタビューで、突然の火災で友人を失った男性がこう言っていました。
「あいつが安心して成仏できるように、僕たち（同輩）があいつの家族を支えていかねばならない、と今も同窓生皆で話しをしていたところです」
　皆さんの中で違和感がなかった、という方がもしおられたら、仏＝死人ではないことを是非知っていただきたいと思います。
　仏＝死人ならば、「仏教」は死んだ人が説いた教え、ということになります。死んだ人が教えを説けるはずがありませんから、仏＝死人ということは誤解であり、大変な間違い、ということがお分かりになると思います。
　仏とは大宇宙最高のさとりの名前であることは前々回にもお話ししました。地球上で仏の覚りをひらかれたのは「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」と言われているように、今から約二千六百年前にあらわれたお釈迦さまただお一人です。そのお釈迦さまが教えられた教えを仏教と言われるのです。
　お釈迦さまはすでにお亡くなりになっているけれど、私たちはその教えをどうやって知ることができるの？と思われるかもしれません。
　お釈迦さまが説かれたすべてはお経となって今日に残されています。それを一切経と言われます。その数は七千余巻、一巻のお経を一冊の本とすれば、七千冊余りということです。
　そのお経を全部読んで、理解すれば仏教が分かるんですね！っと思うのも束の間、お経は漢字ばかり、しかも難しく、一言一言に深い意味がある、となれば途方にくれてしまいます……。
　そんな私たちに、仏教を正しく教えてくだされた方がこの日本におられるとしたら、どうでしょう。是非聞かせていただきたいと思いますね。
　今から約８００年前、日本に生まれられた親鸞聖人がその方、と聞けば驚かれるかもしれません。親鸞聖人は９０年の生涯、仏教一つを私たちに分かるように教えてくださいました。
　親鸞聖人が常におっしゃっておられたことがあります。
「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」
どういうことをおっしゃっているのでしょうか。この続きは次回に……。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　もう１１月も半ばになりました。そろそろ冬支度を、と思っておられる方も多いのでは？今回もお釈迦さまが教えられたことを一緒に学んでみましょう。</p>
<p>　お釈迦さまが３５才に仏の覚りを開かれ、８０才でお亡くなりになるまでの４５年間、仏として説いていかれた教えを今日、仏教と言われます。その仏教に何が教えられているかをお話しする前に、一つ確認しておきたいことがあります。</p>
<p>　仏の教え、と言われますが、「仏」とはどのような意味で使われているでしょうか。「仏」はテレビやラジオでもよく聞かれる言葉ですね。ほとんどの人が「仏」＝「死人」のことと思っていられるようです。<br />
　先日もテレビのインタビューで、突然の火災で友人を失った男性がこう言っていました。</p>
<p>「あいつが安心して成仏できるように、僕たち（同輩）があいつの家族を支えていかねばならない、と今も同窓生皆で話しをしていたところです」</p>
<p>　皆さんの中で違和感がなかった、という方がもしおられたら、仏＝死人ではないことを是非知っていただきたいと思います。<br />
　仏＝死人ならば、「仏教」は死んだ人が説いた教え、ということになります。死んだ人が教えを説けるはずがありませんから、仏＝死人ということは誤解であり、大変な間違い、ということがお分かりになると思います。</p>
<p>　仏とは大宇宙最高のさとりの名前であることは前々回にもお話ししました。地球上で仏の覚りをひらかれたのは「釈迦の前に仏なし、釈迦の後に仏なし」と言われているように、今から約二千六百年前にあらわれたお釈迦さまただお一人です。そのお釈迦さまが教えられた教えを仏教と言われるのです。</p>
<p>　お釈迦さまはすでにお亡くなりになっているけれど、私たちはその教えをどうやって知ることができるの？と思われるかもしれません。</p>
<p>　お釈迦さまが説かれたすべてはお経となって今日に残されています。それを一切経と言われます。その数は七千余巻、一巻のお経を一冊の本とすれば、七千冊余りということです。</p>
<p>　そのお経を全部読んで、理解すれば仏教が分かるんですね！っと思うのも束の間、お経は漢字ばかり、しかも難しく、一言一言に深い意味がある、となれば途方にくれてしまいます……。</p>
<p>　そんな私たちに、仏教を正しく教えてくだされた方がこの日本におられるとしたら、どうでしょう。是非聞かせていただきたいと思いますね。</p>
<p>　今から約８００年前、日本に生まれられた親鸞聖人がその方、と聞けば驚かれるかもしれません。親鸞聖人は９０年の生涯、仏教一つを私たちに分かるように教えてくださいました。</p>
<p>　親鸞聖人が常におっしゃっておられたことがあります。</p>
<p>「更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」</p>
<p>どういうことをおっしゃっているのでしょうか。この続きは次回に……。</p>
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		<title>初めてのご説法</title>
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		<pubDate>Wed, 28 Oct 2009 07:27:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>gokigenyo</dc:creator>
				<category><![CDATA[お釈迦様について]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.aboga2.net/?p=72</guid>
		<description><![CDATA[　あっという間に10月も終ろうとしていますね。
　お釈迦様が悟りを開かれた後、どうなされたのか、前回の続きをお話しします。
　お釈迦様はかつて随従した橋陳如らの５人の救済を思い立ち、波羅奈国の鹿野苑に向かわれました。
　そこで橋陳如らは自分たちの修行を続けていたのです。やがて遠方より近づいて来るお釈迦様を見て、五人は相談し、気持ちを一つにしました。
「あそこに来るのは苦行を捨てて女人から乳ちを受けた悉達多だ。あんな堕落者に礼をするな。起って迎えることも彼の衣鉢をうけることもいらない。見ぬふりをしておろう」と。
　しかしお釈迦様が近づいてゆかれるにつれて五人は先の約束を守ることができなかった。
　大宇宙最高の悟りを開かれた尊い、あまりにもまばゆいお姿に「ああ……っ」と一人が座を立ち、お釈迦様を迎える。
「どっどうしたっ……」とその一人を止めようともう一人が叫んだが、お釈迦様の尊容を拝すると、もうジッとしておれない。すぐにお釈迦様の衣鉢をとり、礼拝する。
　ある者は座を設け、ある者は洗足水を持ってきて仏足を礼拝し、「せ……世尊！！」と叫んでぬかづいた。またたく間に５人はお釈迦様のもとに平伏したのです。
　お釈迦様はこの５人を前に大覚悟を公言なされました。そして「我は一切勝者なり。一切の智者なり」と宣言し、仏覚をひらかれてより初めての説法をなされたのでした。
　これを「初転法輪」と言われます。転法輪とは「仏さまの説法」のこと。仏さまの説法は荒れ果て、盤根錯節した私たちの心をローラーでならしてくださるので、「法輪を転がす」とあるのでしょう。
　そして、お釈迦様の説法を聞き、橋陳如ら５人はたちまち開悟したと言われます。
　かくして、８０才でお亡くなりになるまで４５年間の伝道生活が、ここに開始せられたのです。この間、仏として説かれたみ教えを今日、仏教と言われるのです。
　では仏教には何が教えられているのでしょう。誰もが知りたいことですね。釈迦４５年のみ教えは今日一切経（七千冊余りのお経）となって残されています。
　では、一切経を一貫している根本思想とは何か。仏教の根幹とは？続けてお話ししたいと思います。
]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　あっという間に10月も終ろうとしていますね。<br />
　お釈迦様が悟りを開かれた後、どうなされたのか、前回の続きをお話しします。</p>
<p>　お釈迦様はかつて随従した橋陳如らの５人の救済を思い立ち、波羅奈国の鹿野苑に向かわれました。</p>
<p>　そこで橋陳如らは自分たちの修行を続けていたのです。やがて遠方より近づいて来るお釈迦様を見て、五人は相談し、気持ちを一つにしました。<br />
「あそこに来るのは苦行を捨てて女人から乳ちを受けた悉達多だ。あんな堕落者に礼をするな。起って迎えることも彼の衣鉢をうけることもいらない。見ぬふりをしておろう」と。</p>
<p>　しかしお釈迦様が近づいてゆかれるにつれて五人は先の約束を守ることができなかった。</p>
<p>　大宇宙最高の悟りを開かれた尊い、あまりにもまばゆいお姿に「ああ……っ」と一人が座を立ち、お釈迦様を迎える。</p>
<p>「どっどうしたっ……」とその一人を止めようともう一人が叫んだが、お釈迦様の尊容を拝すると、もうジッとしておれない。すぐにお釈迦様の衣鉢をとり、礼拝する。</p>
<p>　ある者は座を設け、ある者は洗足水を持ってきて仏足を礼拝し、「せ……世尊！！」と叫んでぬかづいた。またたく間に５人はお釈迦様のもとに平伏したのです。</p>
<p>　お釈迦様はこの５人を前に大覚悟を公言なされました。そして「我は一切勝者なり。一切の智者なり」と宣言し、仏覚をひらかれてより初めての説法をなされたのでした。</p>
<p>　これを「初転法輪」と言われます。転法輪とは「仏さまの説法」のこと。仏さまの説法は荒れ果て、盤根錯節した私たちの心をローラーでならしてくださるので、「法輪を転がす」とあるのでしょう。<br />
　そして、お釈迦様の説法を聞き、橋陳如ら５人はたちまち開悟したと言われます。</p>
<p>　かくして、８０才でお亡くなりになるまで４５年間の伝道生活が、ここに開始せられたのです。この間、仏として説かれたみ教えを今日、仏教と言われるのです。</p>
<p>　では仏教には何が教えられているのでしょう。誰もが知りたいことですね。釈迦４５年のみ教えは今日一切経（七千冊余りのお経）となって残されています。</p>
<p>　では、一切経を一貫している根本思想とは何か。仏教の根幹とは？続けてお話ししたいと思います。</p>
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