人生はフライトのよう

あっという間に5月も終わり、6月です。
まもなく1年の半分が過ぎようとしています。

小学生の頃は、一日一日が大変長く感じましたが、
今は一週間、1カ月が飛ぶように過ぎていく感じがします。

やれやれと思うともう1カ月が経っています。
機会をとらえてお釈迦さまの教えを学んでいきたいと思います。

人間の実相について教えられたお釈迦さまの
有名な譬えをお話ししています。

虎から必死に逃げた旅人は、断崖絶壁にあった
松の木から垂れる藤蔓にすがりました。

やれやれと思って辺りを見回すと、
下は底の知れぬ深い海が白い牙をむいて
絶壁を洗っている。

しかもそこから3匹の毒龍が赤い口を開けて
旅人が落ちるのを今か今かと待ち受けているのを見たのだ。

恐懼する旅人だったが、
今までで最も恐ろしい光景は頭上にあった。

命の藤蔓を白と黒のネズミが交代交代で
かじっているのを見たのだ。

どれだけ振り払おうとしても、
規則正しく、ネズミはかじり続けている。

これらは何を譬えられているのでしょうか。

藤蔓はやがて必ず噛み切られ、
旅人は深海に落ちて行かなければなりません。
それを仏教で後生の一大事と教えられます。

後生とは死んだ後、ということ。
すべて人は100%死んで行かなければなりません。
これほどの大事は
ありませんから、一大事と言われるのです。

ふとしたきっかけで、死んだらどうなるのか、
考えてみられたことがある方も多いのではないでしょうか。

死んだらどうなるのか。
死後の世界はあるのか、ないのか、
楽しい世界に行けるのか、
苦しみの世界に堕ちねばならないのか。

分かるようでさっぱり分かりません。
必ずぶち当たる死ではありますが、
その先はどうなっているのか、
分からないまま、私たちは死に向かって
進み、生きているのです。

私たちは生まれた時が、
飛行場を飛び立った時、と言えるでしょう。

飛行機には必ず目的地を確認して乗ります。
行き先のない飛行機に乗る人はありません。
燃料は有限でいつまでも飛んでいるわけにはいかないからです。

では私たちはどこへ向かって飛んでいるのでしょうか……。

やがて降りなければなりませんが、
着陸地はどうなっているのか。どこへ向かって飛んでいるのか、
ハッキリしないとすれば、どうでしょう。

今のフライトを心から楽しむことができるでしょうか。
必ず墜落せねばならぬ飛行機に乗っている乗客に
心からの安心、満足はあるでしょうか。

この後生の一大事の解決こそ、仏教の目的であり、
この譬え話も、後生の一大事を知らせるために
お釈迦さまが説かれたこともよく知っていただきたいと
思います。

後生の一大事とは、その解決とはどういうことなのか、
続けてお話ししたいと思います。

つづく

Posted by gokigenyo