人間に生まれることは有り難い?(2)

散りゆく桜を眺めながら、月日がたつ早さを
実感しています。

人間に生まれたことが如何に有り難いか、
「人身受け難し」のお釈迦さまのお言葉を通して
続けて話をしております。

人間に生まれることのありがたさを
今から約千年前、日本で活躍された源信僧都と
いう方が、教えられています。

源信僧都と言えば、『往生要集』、
『往生要集』と言えば源信僧都と言われるくらい、
有名な主著があります。

この『往生要集』は中国に伝わり、中国の人たちが
源信僧都のことを「小釈迦」とまで褒め称えたと
言われます。

その源信僧都の『横川法語』と言われるお言葉の中に
次のように書かれています。

「まず三悪道をはなれて、人間に生まるること、
大なるよろこびなり。

身は賤しくとも畜生に劣らんや、
家は貧しくとも餓鬼に勝るべし、
心に思うことかなわずとも地獄の苦に比ぶべからず」
(横川法語)

三悪道とは、三つの苦しみの世界、ということで、
地獄界、餓鬼界、畜生界のことです。

畜生とは犬、猫、牛、ブタ、虫けらにいたるまでの
ものを言います。

牛や豚は人間に殺されて食べられてしまいます。
ああ、牛や豚に生まれてこなくて人間でよかったな、と
思われたことはないでしょうか。

その畜生界よりも餓鬼界のほうがもっと
苦しみが激しいと言われます。

餓鬼界とは食べ物も飲み物も皆、炎となって飲食できず、
飢えと渇きで苦しむ世界と言われます。

さらに地獄はもっと苦しい。
お釈迦さまはその地獄を八つに分けられ、八大地獄と
教えられています。

源信僧都の往生要集には三悪道の中で地獄を特に詳しく、
生々しく、赤裸々に教えられています。

その中、単純に数から考えても畜生すべてに生まれずして、
人間に生まれることは大変有り難いことです。

いかに人間に生まれたことが有り難いことか、
比べて喜びなさい、畜生、餓鬼、地獄に生まれずして、
人間に生まれたことを喜びなさい。

まずこれが喜べなかったら、本当の幸せへの道は
進めないのですよ。
と教えられているのです。

私たちは苦しむために生まれてきたのではありません。

本当の幸せ、無碍の一道、絶対の幸福になるために
人間に生まれてきたのです。

その絶対の幸福は有無を離れた、善悪を超えた世界。
そこまでは比べて、感謝して進む。

その過程がいかに大事か、ということを
源信僧都はこの『横川法語』で教えられています。

続けてお話ししていきます。

今日のリンクです。

つづく

Posted by gokigenyo